活きた時間を生きる

人間以外の生命体で、遠い未来のことや遠い過去のことを考えながら生きている生命体がいるのでしょうか? 人間以外の生命体は、人間のように、ときの流れを、外から(客観的に)眺めるのではなく、ときの流れに溶け込み、一体となって生きているのでしょうか?

私達人間は、過去を振り返り、未来を思いはかり、環境に働きかけながら生きています。
私達人間は、自分自身が、必ず老いていき、この世から去ることを知っています。

 私達の時間の流れを、おおよそ「よし」と感じて生きる人もいれば、「虚しい」「不安」「思いのままにならぬ」と感じて生きている人や、忘れている人、考えない人もいることでしょう。
 
 また、時代によっても、人々の感じ方は違ったと思います。
 
 「ルネッサンス」という時代がありました。   辞書には、<ルネサンスは「再生」「復活」を意味するフランス語であり、一義的には、古典古代(ギリシア、ローマ)の文化を復興しようとする文化運動であり、14世紀にイタリアで始まり、やがて西欧各国に広まった(文化運動としてのルネサンス)。また、これらの時代(14世紀 - 16世紀)を指すこともある(時代区分としてのルネサンス)。> と書いています。
 再生とか復興ということばで示されるように、そこでは、ときの変化や新しいことに対して「よし」とは言っていません。「新しいこと」をむしろ、「退廃」とみていたりします。

また、「ロマン主義」という運動がありました。 これも、<主として18世紀末から19世紀前半にヨーロッパで、その後にヨーロッパの影響を受けた諸地域で起こった精神運動の一つである。 それまでの理性偏重、合理主義などに対し感受性や主観に重きをおいた一連の運動であり、古典主義と対をなす。> とあります。 そのときの時代の思潮に対しては「よし」とは言わなかった運動であると思います。

あなた自身は、ときの変化(あなた自身が老いるということ、この世を去るということ、人類社会の変化、特に科学技術の進歩)を、どのように受け止めていますか?

 「科学技術」は、理性や合理に基づいて、未来を制御する技術です。

 鑑真和尚は、正式な仏教を伝えるために、中国から日本へ渡航しようとしました。何度も渡航に失敗し、疲労で両目を失明しました。第一回目から10年経った6度目の渡航でやっと日本へたどり着くことが出来ました。

 ところが、今では朝に日本で朝食を食べ、夕べには、上海のホテルで過ごすことが出来ます。科学技術の進歩には目を見張るものがあります。

 しかし、その理性と合理に基づく科学技術が、第二次世界大戦においては、原子爆弾アウシュビッツを生みました。 交通網の発達は、グローバリズムと結びつき、一方では、経済格差や環境破壊を進めているともいえます。

 ときの流れをよしと捉えるか、捉えないかは、ひとそれぞれでしょう。
 
 科学技術の発達により、私達人間の平均寿命は延びました。 とはいえ、長寿社会にもかかわらず、誰もがときの流れを「よし」といい得ている訳でもありません。
 ( ケアネットが医師1000人に“自分自身の延命治療”をたずねた。その結果、「延命治療は控えてほしい」と70.8%の医師が答えた。2012年12月)
 
 同じように、科学技術の発達により、家に居ながら得られる情報の量は、格段に増大しました。しかし、そのことが私達の生の充実に単純に結びついているとは言い難いように思います。
 
ミヒャエル・エンデの作品に、「モモ」があります。イタリア・ローマを思わせるとある街に現れた「時間貯蓄銀行」と称する灰色の男たちによって人々から時間が盗まれてしまい、皆の心から余裕が消えてしまう。しかし貧しくとも友人の話に耳を傾け、その人自身をとりもどさせてくれる不思議な力を持つ少女モモが、冒険のなかで奪われた時間を取り戻すというストーリー。
 ときが一方向に流れること、ひとが必ず老いること、この世から去ることについては、人間にはどうしようもないことかもしれません。しかし、その流れのスピードやテンポは、私達で創ることが出来ると思います。
 
 ある団体が、幼子を育てている両親を観察したところ、一番多く使っていたことばが「早くしなさい」だそうです。 早く早くとせかされていると、大人も子どもも余裕を失うように思います。結果だけを重視し、過程を大切にしない傾向が生まれるように思います。
 
 モモのなかにこうあります。<「この世界を人間の住む余地の内容にしてしまったのは、人間自身じゃないか。(301頁)」><「奴ら(時間泥棒)の生まれるのを助けたのは、人間自身なのだから。(322頁)」>
 同時に、自分の時の流れを創りだすヒント・秘密も書かれています。<「オソイホド ハヤイ」(310頁)> 止観瞑想や芸術活動により、この「秘密」を味わうことが出来ます。

 ときの流れをどう捉えているにしても、今この時、活きた時間を、あなたと共に生きられたらと願っています。(社会全体のスピードに影響を与えているのは、利子率です。このことについては、いずれまた別の機会に。)