絶対の孤独は、そのまま絶対の非孤独

絶対の

孤独は、そのまま、絶対の非孤独

 

「人は、なんの為に生きるのか?」

ある人が、人生の途上、堪らなくて言葉にした。

しかし、友人や恋人に尋ねても、それは、友人、恋人の人生の答え。親兄弟に話しても、それは、親兄弟の人生の答え。聖人に尋ねても然り。

ついに、その人は、見えない大いなるものに問いかけた。

「私は、何の為に、このような世で生きているのですか?

声なき声が、聞こえた。

「その問いかけは、元々、あなたに埋め込んだ問いかけ」

絶対の孤独は、そのまま絶対の非孤独。

 

握っている枝を放さなければ、次の枝は、つかめない。

必ずしも、生き延びることが、第一ではないが、他人が味わえぬことを味わって、人生の味わいが、生まれる。

母なる海は、全ての河の水を受け入れる。そして、浄化する。

成長あるのみ。何事が起ころうが、善あるのみ。

8月7日の誕生花 ざくろ

日常の感覚では、時間は一方向にのみ流れるように感じます。時計時間は、さらに、均一に流れるように見えます。それで、老死は避けがたいと。

それはあくまで3次元の日常感覚。分析知。直観の世界では、ものに生命が宿るのではなく、生命のなかからものが生まれる。私の生命ではなく、生命のわたし。

8月5日の誕生花 向日葵

次の世代に伝えたい言葉 あるであろう。 古代ヘブル語は、完了形「ある」がそのまま未完了形「あろう」。 だから、神の名は「あるであろうもの」。 宮沢賢治さんはいう、永久の未完これ完成。 道元禅師は、修行する姿が仏性なり、修証一致。動的平衡。 青年マルクスは、ひと・もの・自分を何かの手段としない生き方を求めました。 全ては、大生命の内にあり、大生命は全てを超越し、全てに浸透する、フレーベル万有在神論。

8月4日の誕生花 ブルーポピー

3次元の日常物理世界では、時は一方向にのみ流れているように見える。三角形の内角の和は、180°?

一方、地球は丸いと小学生も言う。地球の上を一方向に進み続けると、出発点に至る。大きな三角形を描くと、内角の和は、180°とは限らない。

生命は、時間を超える。死んだらお終いではない。

8月3日の誕生花 マツバボタン

The whole is more than the sum of its parts. 汎在神論という言葉を初めて知ったのは、小田垣雅也氏の著作だったと思う。

ネット上を検索しても、汎神論と汎在神論を混同している人は、まだ多いように思う。

最近、フレーベルの万有在神論を知りました。