8月2日の誕生花 ヒマワリ

全体論を知ったのは、アドラー心理学を通して。野田俊作先生から、アリストテレスの四原因説を教わりました。

全体は、部分の総和以上。全体は、常に全体で動く。ベイトソンの精神の生態学も教わりました。

部分の総和を全体と捉えるのは、集合論であって、全体論にあらず。汎神論と汎在神論、万有内在神論と違うが如く。

Googleにアリストテレスプロジェクトがあるらしい。

高い場所の仕事は、一人で仕事するより複数でする方がはかどることが多いが、人数が多ければいいわけでもない。

8月1日の誕生花ミヤコワスレ

大地有情非情同時成道 山川草木悉皆成仏 如来蔵思想 あるであろう 全ては大生命の内に存在し、全ての内に、大生命は浸透する。万有在神論。

ここ最近、小石に、色鉛筆で、蛙と誕生花を描いています。

熊野から大阪に移住し、女神様と同棲生活3年。毎日絵を描く生活は全く予想していませんでした。

今年も春が来た、ありがとう春。

「人間、死んだらお終い」とは言い切れない。

「わたしとは、わたしのからだ」という感覚は、一般的な感覚だと思う。

父は、心筋梗塞で亡くなった。

お盆休みだったので、役場の手続きができず。一晩その隣で寝た。

父のからだはそこにあったが、父はそこにいなかった。

火葬場で、私が点火のスイッチを押した。

私には、降霊会の実体験は無い。

が、亡くなった父に語り掛けたことがある。

姿は見えず、声帯を使った声は聞いていないが、臨在は感じた。

わたしのからだは、わたしが生み出したわけではない。

父と母があって生まれたが、その卵子や精子は、

父と母のからだだけで作ったわけでもない。

光、大地、水、大気、食べ物などがあってうまれた。

だから、皮膚の内側、からだだけが、わたしなのではない。

ことばのことについてかんがえると、書ききれない。

太初にことばあり、そのことばがあって、わたしが生まれた。

からだを作る質料だけでは、からだは形作れない。

耳小骨や繊毛など、誰がつくったのだろう。

プラトンやアリストテレスのいうイデア、形相因あってのこと。

わたし以外のひとびとがあってのこと。

今年も春が来た。ありがとう、春。

某大社表参道にて、大阪の寅猫

 

 

白い人たち All-in-Good.

40数年前、国鉄に入社したものの、人生をどう設定したらいいのか、わからなくて、家族や回りの人びとの反対を押し切って、退職し、東南アジア方面へ、一人旅にでた。

タイ、バンコクで、現地の人と同じように食事していたら、赤痢になった。一回目の臨死体験。

余りの痛さ、苦しさ。死んだと思ったが、痛みで気を失ったのだった。

なんとか日本に帰って、隔離生活。そのとき、バーネット著、小公子、小公女、秘密の花園等を再読した。

最近、バーネット著 白い人たち という作品を知った。

All in Good. Good in All.

 #バーネット #白い人たち #ニューソート #小公女 #秘密の花園

大阪市へ転入した人へ

大阪市には、70歳以上になると、地下鉄、市バスが、片道50円となる高齢者優待パスが発給されます。このことを口コミで知り、誕生月・3月の一ヶ月前には、その申請書が届くだろうと楽しみにしていたけど、いっこうに届かない。それで、2月中頃区役所へ行って尋ねると、今すぐ申請する必要があるとのこと。発給には、50日くらいかかるだろうと言われました。

システムとしては、12月1日に、コンピューターで、3月に70歳になる市民を抽出して、申請書を送付。1月1日には、4月に70歳になる市民を抽出するとのこと。私は、12月12日に、大阪市に転入したから、いくら待っても、申請書は届かない。

同じく、物価高騰非課税世帯支援給付金の口コミは聞くけど、申請書が届かない。それで区役所に出かけました。

区役所に出かけること3回、前住所の役場と封書のやり取り2回。やっと申請できました。 #物価高騰 #非課税 #転入

70歳、毎日、描画楽しんでます。

小学生の頃、図工の授業がある日は、憂鬱でした。習字も、音楽も、体育も苦手。

学校を卒業し、授業が無くなりやれやれ。同時に、憧れは大きくなりました。

68歳の夏、卒業以来初めて、B5の画用紙に、絵を描き始めました。きっかけは、同棲している彼女の友人から、お中元にぶどうが一箱届き、彼女に誘われ、礼状に、ぶどうの絵を描いたこと。

全くの独学、図書館に通い、絵画コーナーの本を参考にしました。

それから2年。70歳にして、初めて、ハンドメイド初マルシェ出展。

石ころアートは、一般的には、アクリル絵の具を使うのですが、私は色鉛筆で描きます。

絵が大の苦手だった私が、毎日、描画を楽しんでいる。一つは、止観瞑想のお陰かな。そして、絵を描くことが、瞑想です。

 #石ころアート #色鉛筆 #マルシェ

あるとない アリストテレスを通じて、アドラー心理学を学び、生を充実させる。

「ある」について 

私たちの日常生活で、頻繁に使う言葉の一つが「ある」です。

「ある」を漢字に転換してみましょう。有る、在る、余り知られていないけど、古語の生る。

 現代日本語の「ある」には、「存在のある」と、「断定のある」があります。

例えば、テーブルの上にりんごが「ある」。 これは、リンゴで「ある」。

 

実際に目に見え、手に触れることができたとして、それは、ほんとに「在る」のでしょうか? 古代ギリシャでは、万物は流転するといい、物理学では、物質はエネルギーであるといい、原始仏教では、諸行無常、諸法無我といい、縁起により、仮に現象しているといいます。

一方、心や生命自体は、手に触れること、目に見ることができませんが、私達は、その存在を信じています。魂や霊については、意見が分かれますね。

 

アリストテレスは、存在であれ、現象であれ、四つの原因で成り立つといいます。

アリストテレスの言う四つの原因とは、 質料因 形相因 始動因 目的因

存在そのものについて 考えるのが形而上学 形相(情報・理念・本質)の学。

「私」も「世界」も「机」「朝顔」「小石」「苦しみ」も、四つの原因で成り立つ。

「肉体」(材料)だけの肉体 物質だけの物質は無い 必ず、四つの原因がある。

 

「ない」という言葉も、よく使われる言葉です。でも、よくわかっていない。

「ない」に、「非存在のない」があるかどうか? ないは、単に否定するのみ?

それは存在し「ない」という「ない」は、非存在の存在を主張しているのではなく

あるわけではない、と存在を否定しています。中国禅。

よって、病はない、老いもない 認知症もない 苦もない それらは実在にあらず。

生は実在するが、死は実在するわけでない。単に生の不在。インド哲学。

     

あの世は、あるのか、ないのか?

  あの世については、ないわけではない といえる。 非存在の証明はできない。

  あの世を信じて生きている人は、ある。 信じて生きている人を、観察できる。

  信じていても、あの世の内容については、同じでない、信じる人により色々ある。

  

臨死体験は、あの世の存在の証明にはならない。が、日常では体験することの少ない体験、この世の執着を手放し、すべてをお任せにする体験により、以後の暮らしぶりが違ってきます。

例えば、自分を守ろうとする気持ちを手放した方が、むしろ楽であるという体験。

ただ、日常生活に戻ると、その体験を忘れがちになるので、止観瞑想などで、再体験します。

 

わたしとはなんで「ある」のか?

質料因と形相因と始動因と目的因で、生るもの。動的平衡。私は生る、あるであろうもの。

生の目的も、共同体の目的も、善の実現。大丈夫ですよ。

生る