ことばによって、魔法を解く

 
 これまで諸先輩方は、「魔法」に関する物語を沢山書いてきた。多くの場合、魔法をかける時、魔法使い達、あるいは賢者や仙人達は、日常一般世界では使わないような意味不明な「呪文」を唱える。また、魔法使い達は、その真の名前を知られたりすると、かけた魔法の威力を失ったりする。
 例えば、「ゲド戦記」では、人から物に至るまですべて古代から伝わる「真の名」があり、魔法は真の名を唱えることで発現するという。
名前は力であり、名前を知ることは支配することである。
 
 これは、魔法に限ったことではないだろう。

 複雑なことばを話せなかったといわれているネアンデルタール人にとって、ホモサピエンス同士が日常で話していることばそのものが魔法のようなものであったろう。
 
 言葉は、よく情報伝達の道具だといわれたりする。また、言葉は月を指し示す指であり、月そのものではないと、言葉の限界を言ったりする。しかし、言葉は伝達の道具という役目以上の働きをする。

 古今集の仮名序で、紀貫之はいう。
「力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、たけき武人の心をも慰むるは、歌なり」
言葉は、心を生み、ヒトだけでなく、鬼神までも動かすことがあるのだろう。

 難しい専門用語でいえば、「写像論」と「記号論」ということになるが、言葉は写像するだけでなく、現象させ、人を動かす。
 


さて、人間は感情の動物だと言ったりする。
感情はあなたの人生にとってこれまでどのようなものであっただろうか?
ヒトとヒトの関係を豊かにしてきただろうか? 波風を立たせたりしただろうか?
 
 思わずかっとなってしまって、いうべきことでないことを言ってしまった、すべきことではないことをしてしまった経験はだれにもあるだろう。
 
 言葉にしようにもしようが無い感情に突き動かされていた子供も経験を経て、豊かな人間関係を結べるようになっていく。豊かな人生を歩めるようになっていく。
 
 それは、ことばにならなかった事柄を、ことばにしていくという作業を経てのことだろう。ことばの限界を知りつつも。

 私達は、人間は感情の動物であるといいながら、そういうのは、感情を沸き立たせてしまった後のことが多い。まさに感情に突き動かされているその時に、人間は感情の動物であるということを忘れてしまっていたりする。そしてその後後悔したりする。
 
 言葉にならない感情が、まるで魔術のように、人間を動かしたりする。感情に突き動かされている人間は、まるで魔術をかけられた状態になっている。
 
 この魔術を解くにはどうしたらいいか? 感情に気付き、名前を与えることである。名前を与えることで、その支配からのがれることができる。
 
 ジャータカ物語の中で、昼寝をしていたウサギが、身近に落ちた木の実の音を地球が割れる音と勘違いし、跳び起き、走り出し、それを見ていた他の動物も、共に勘違いし走り出す。うわさがうわさを生み、森中がパニックに陥る。そこへ、ライオンが現れ、噂の流れを逆にたどり、ただ単にウサギの勘違いだったということを明らかにする。
 
 人間は感情の動物であるといいながら、私達は感情や自分の気持ち、心の状態を表現する言葉をどれくらい知っているだろうか? 試しに書き出して見るといい。
 
 喜怒哀楽
喜 うれしい、わくわくする、どきどきする、すっきり、とろける、うきうきする
怒 はらだたしい、イライラする、不快だ、不愉快だ、むしゃくしゃする、むかむかする
哀 かなしい、あはれ、わびし、さびし、むなし、いたいたし
楽 楽しい はればれする いとしい
恐れ 不安だ、恐ろしい、心配だ、びくびく、びっくり あせる
滅 恨めしい、うっとうしい、うらめしい、がっかり、
  そらぞらし、さむざむし、いたいたしい、ぐずぐず、もやもや、はずかしい
  いやらしい、むらむらする、どうでもいい、もうしわけない、わりきれない
  めんどくさい、
 
 言葉に書き出していると、あることにきづいてくる
 書き出す時、国語の試験ではないので沢山書きだすことよりも、具体的な事例を思い浮かべるといい。丁寧に作業するならば、自分の感情の生滅のパターンが観察されるだろう。
 こうなってほしい、とか、こうあるべきだという期待や希望、願望、決めつけがあり、それが外れた時、がっかりしたり、腹を立てたりしている。
 
 自分の心の状態を観察し続け、感情・気持ちの生滅に気付き、その感情・気持ちを言葉に表現すると同時に、感情・気持ちを生じさせている自分の「私的論理」に気付くことが大切であろう。
 
 平木典子著 「自己カウンセリングとアサーションのすすめ」金子書房 という本の中に、自部を知る手だてとして、「私は〜」という文章を、少なくとも20書き出して見るというワークが紹介されている。
 
 これを実際にやってみると、やっているうちにあることが見えてきたりする。
 
1.私は、賢くありたいし、身の回りの人もそうあってほしい。
2.私は、男である。空想に走る傾向がある。男に生まれてよかったと思っている。
3.私は、おっぱいがすきである。
4.私は、ひきこもっていないが、じつは社交的でもない。
5.私は、背筋を伸ばしていたい。
6.私は、絵を描くのが好きだ。
7.私は、文章を書くのが好きだ。
8.私は、太ってもいないが痩せてもいない。
9.私は、ほどほどにお金がほしい。
10.私は、自業自得という信念を持っている。
11.私は、死にかけたことがあり、いざとなれば、南無阿弥陀仏と諦めることができる。
12.私は、両親がとっても不仲な中で育ち、今ではそれがとてもありがたいことだと思っている。
13.私は、短歌に興味を抱いている。
14.私は、人間はともかく、世界そのものを信じている。
15.私は、自炊はするが、料理は得意ではない。
16.私は、いわゆる美人と思われていないヒトに、美しさを見いだせる。
17.私は、実は同性が苦手である。
18.私は、泣かせる歌よりも笑わせる歌を創りたい。でも、泣かせる歌になる。
19.私は、支配的な人間であり、おせっかいな人間であろう。
20.私は、論理的な人間であろうとしていて、周りの人にもそれを願う。
21.私は、実は尽くしてくれる女性を求めている。
22.私は、独りでいる時間が好きである。
23.私は、何もかも通じる人間がいるとは思っていない。
24.私は、実体論者が嫌いである。
25.私は、頼られすぎると、ある面うっとうしいと感じる。
26.私は、ごめんなさいがなかなか言えない。
27.私は、子分になるのは嫌である。
 
ただ読んでいる人にはわからないだろうが、書いているうちに、見えてくることがある。