もし、1919年のドイツに成年として生きていたとしたら、1月19日の国民議会選挙において、どの党を支持しただろうか?
その前日は、第2次世界大戦発生の理由の一つともなった、ヴェルサイユ講和会議が開かれた日でもある。
選挙の結果は、多数社民党が39%、独立社民党が7%、共産党は選挙に参加せず、右翼二党が10%、中間二党が40%を獲得した。(加瀬俊一著 ワイマールの落日 文芸春秋刊 44頁)
2月6日、国民議会がワイマールにおいて召集された。
内閣は、多数社民党、民主党、中央党の三党連立内閣となった。
他の中部主要都市では、労兵評議会が実権を掌握しつつあった。
一方、この国民議会は、メレッカー将軍の義勇軍の保護のもとに開かれた。
のちに、4月2日には、ブレーメンで労兵評議会の民兵4万人は、メレッカー将軍の3千人の兵に敗れる。
その当時に生きていれば、どの集団に同調するか、どう生きるか、
迷いに迷ったと思う。
後の時代から振り返るような視点は、実際の当事者には当然持てない。
強制的に農産物を供出させられる農民と職を失った賃金労働者と
前線から帰ってきた兵士あるいは将校、大地主や資本家とでは、
ものの見方が違って当然だろう
人はいつだって、生きている立場、環境によって、もののみかたが左右される。
これは、今日いまこの時の選択にも言える。
環境や立場と自分の意識の関係や価値の相対性、理論負荷性を十分意識したうえで
ひとりひとりが今までに無い新しい人生を創造していくことを求められていると思う。
「均一」や「同等」を願うことの方が不自然なように思う。