行動変容三つのレベル

心理学 行動の変容 苦の解決
 
 心理学は、こころのことわり(理)の学と書くが、
 自分は行動の変容の学問だと思う。
 (このことは何度も書いてきた)
 
 人間の行動決定の仕組みを、仮に3つのレベルに分けるように仮定できると思う。
 
 第一のレベルは、遺伝子のレベル。
 人間の遺伝子には、羽が生えるという遺伝子はないし、木質を消化するという遺伝子もない。だから、人間は、空を飛べないし、木をかじってお腹を満たすこともない。
 
 第二のレベルは、環境との関わりの中で学び身に付けたレベル
 狼少女カマラとアマラは、発見された時四足歩行だったそうだ。遺伝子レベルでは、二本足歩行できるようになっていても、環境の中での学習の結果、四足歩行となった。
 
 私達の食べ物についての好き嫌いというのはこのレベルだろう。私は赤犬を見ても、おいしそうな赤犬だなあとは思わない。
 
 第三のレベルが、自己教育のレベル。
 日本に生まれると、自然に日本語を身につける。後になってから、他の国の原語を学ぶレベルがこのレベルだと思う。
 
 となると、第四のレベルも考えたくなる。例えその国の原語をしゃべれなくとも、ある大陸のネイティブの言語には時制が無いとか、サンスクリット語は、「基本体に属性がある」(私に空腹性がある)という表現をすると知って、言語によってものの見方が変わるということを知るレベル。しかし、今はこれも第三のレベルとしよう。
 
 第一のレベルにしても、第二のレベルにしても、はたまた第三のレベルにしても、人間の行動の変容というのは、並大抵のことでは起こらない、と自分自身を振り返り、家庭生活で一番身近な人のことを観察し、そう思う。
 そう思いつつ、変わりたい人には援助したいと思っている。
 
 自分は、二度ほど臨死体験を味わったが、それで変わったことと、それでも変わらないことがあるのだろう。
 
 遺伝子や習慣や文化の力は強大だと思う。先ず本気で変わりたいと願うことだ。
 この本気というのがまた微妙で、
 ああもう自分では、自分を変えようがない、と本気で諦める時に変わったりする。
 と又本気という言葉を使ってしまった。