どこまで行っても 矛盾混沌不条理 ああありがたや

今まで何度か書いてきたが
 矛盾や混沌、不条理を味わった時、この矛盾や混沌、不条理は、将来の秩序や理想を生むためのものだ、今は過渡期なんだ、と耐えていた時代があった。
 若い頃、唯物史観に惹かれたのも、やがてこの矛盾の向こうに、理想社会が実現される、と信じたいからだった。
      
般若心経に曰く
「無無明亦無無明尽」
<無明なんてないし、無明が尽きることもないんだよ>と
       
どこまで行っても混沌、どう踠いても混沌
だから、どうでもいいというのではなく
どこまで行っても混沌不浄だから
努力し、身の回りを掃き清める、座る場所を作る
    
またお腹が空くけど、食べるでしょう
食べるなら、一口一口、一膳一膳美味しく食べるのがいいに決まってるでしょう
ああ有り難や
嫌なやつと無理してまで仲良くすることはないが
無駄な喧嘩はせんほうがいい
ああ有り難や