科学的?輪廻転生

7月30日に自然観察会のインタープリターをしたが、9月に2回目を予定している

第2回 植物や虫の名前を覚えない自然観察会
    テーマ 宇久井半島で探そう、考えよう
        人間と自然の繋がり・関わり 不老長寿の薬

<挨拶>
皆さんこんにちは 本日インタープリターを務めさせて頂く阪口です。宜しくお願いしたします。

<観察会の目的 宇久井半島を安らぎの場にしよう>
さて、植物や虫の名前を覚えない自然観察会第2回目です。
変わった名前の観察会ですね。普通、観察会といえば、植物や虫の名前を覚えたりします。それをどうして、わざわざ名前を覚えないということを謳っているのか、第一回目の観察会のとき、その意図を割と詳しく説明しました。
 
改めて、説明させて頂きます。
私がこの観察会のインタープリターを務めるのは、皆さんに、宇久井半島を好きになってもらいたいからです。宇久井半島を安らぎの場にしたいからです。
 
先ず実際に歩く、観る、触れる、出会う、興味を持つ、繋がりを見い出す、好きになる、安らぐ、そして、名前を知るのはその後からでもいいのではと思っていて、植物や虫の名前を覚えない自然観察会という名前にしています。
 
<ものの見方の簡単な確認>
一回目の観察会のときに、つる植物の蔓の巻き方やセイダカアワダチソウの話を使って、「科学哲学」の話をしました。
 科学哲学というと難しそうな言葉ですが、要するに私達がものごとを観察し、判断する時、見方や判断の仕方には色々ある、自分の見方とか世間一般の見方だけが唯一絶対の見方で無いということを自覚した上で、ものごとを観察しようという話でした。
 
その上で、宇久井半島と私達の暮らしの繋がり、自然と人間のつながりを見い出そうということがテーマでした。

第2回目の今日は、「植物の薬効成分」ということを話の軸に、自然と人間の繋がり、関わりを見い出していこうと思います。

先ず最初、徐福さんの話から始めます。

<徐福と不老不死と宇久井半島(熊野)>
熊野地方に住んでいる人の多くは、徐福という人の名前を知っています。
新宮駅前に徐福公園があり、徐福がきっかけで、和歌山県と中国の山東省は友好提携をしています。
 ところで、今年アンケートをとりました。徐福が日本にやってきたのは、いつ頃の時代といわれていますか?と尋ねました。皆さん、の答えは如何ですか?
 ほとんどの人が、奈良時代平安時代と答えられました。中国側の文献によると、紀元前3世紀、秦の始皇帝の時代です。日本では弥生時代なんです。
 
 秦の始皇帝の命令を受けて、不老不死の薬を求めて、東方の島つまり日本へやってきたことになっています。でも実は、徐福さんは、始皇帝を騙したのではないか、といわれています。
 始皇帝は、名前の通り初めて中国を統一し皇帝になった人です。力で、反対勢力をねじ伏せた人です。それだけではありません。焚書坑儒といって、儒教を弾圧し、儒教の人々を生き埋めにしました。中国を統一し、次に始皇帝は不老不死を求めました。
 しかし、これが不老不死の薬です、と献上し、もし年老いたり、病気になったりしたら、献上した人は打ち首になるでしょう。
 不老不死の薬を探してもってくるよう命令された徐福さんは考えたのでしょうね、一旦は探しに出て、その後又中国に戻り、始皇帝に報告しました。

 東方の島に、確かに不老不死の薬はありました。その国の大王は私に見せてくれました。しかし、渡してはくれませんでした。ですので皇帝様、貢物を持っていけば、手に入れることが出来るでしょう。
 そういって、少年少女3千人、様々な分野の技術者を大王に献上するという名目で引き連れて、大船団を組んで日本へ向かったといわれています。
 この少年少女3千人というのは、徐福の一族であったといわれています。

 新宮だけでなく、三重県熊野市の波田須にも徐福伝説があります。日本にやってきて日本に住み着いた徐福一族は、様々な技術を伝えました。捕鯨、農耕、紙すきなど色々です。
 秦からやってきた徐福は日本では、秦つまりはたという姓を名乗ったといわれています。
ですので、現在 畑、羽田、畠、秦、波田などの姓の先祖さんは、徐福さんではないかといわれています。 波田須の地名の由来も、秦が住むから転化したと言われています。
 
<不老長寿の薬とはなにか>
熊野に住むものにとっては、徐福、不老長寿という言葉に続くイメージとして、天台烏薬があります。
 しかし、佐賀県に行くと、徐福が求めていた不老長寿の薬は、フロフキであるといわれています。
 天台烏薬は、江戸中期に、中国から日本に輸入されたというのが一般的な説です。
 佐賀県で言うところのフロフキとは、カンアオイのことです。(写真1)腹痛や頭痛に薬効があるといわれています。
 実は、宇久井半島にもカンアオイはありますが、何処にあるかは、貴重な植物なのでお教えできません。カンアオイは地面すれすれに花が咲きます。目立たない花です。そんな花なので、広く植物分布しません。数キロ平方に広がる為には、約1万年かかる、といわれています。セイダカアワダチソウなんかとは大違いですね。

<不老長寿の薬って何だろう>
 さて皆さんは、不老長寿の薬って何がそれだと思いますか?
 「不老不死はありえない。だからそんな薬など無い。しかしあれば欲しいものだ」とほとんどのヒトが思っているのではないでしょうか。
 
 不老不死はともかく、植物が薬になることは、長い歴史の中で、動物達はいつの間にか知ったのでしょうね。動物は、といったのは、人間だけでなく、猫や犬も調子が悪くなったり、自分の毛をなめて、胃袋に溜まった時など、ある種の草を食べて、対処しているからです。それに元々私達動物は基本的に植物を食べないと生きていけません。薬とは先ず食べ物のことであり、多くは植物であるということです。

<医療の歴史を通して、人間と自然との関わりを考える>
 今日の観察会のテーマは、「宇久井半島で探そう、考えよう、自然と人間の繋がり・関わり」です。
 ここで少し、医療の歴史を通して人間と自然の関わりを、大雑把に考えて見ましょう。

 現在日本の人口はどれくらいでしょうか?
 約1億2千4百万人といわれています。
 では江戸時代は、どれくらいだったでしょう?
 約3千万人といわれています。
 では、縄文時代、日本全体の人口はどれくらいだったでしょう?
 約数十万人といわれています。

 医療の歴史を考える時、大雑把に4つに分けたりします。
第一番目は、狩猟採集時代日本では縄文時代の頃までの時代です。
平均寿命は約20歳くらいで、主にシャーマンが儀式や祈祷で医術を行ったといわれています。
次は弥生時代から西暦1800年ころまでです。日本では江戸時代の終わり頃ま出で、農耕牧畜時代です。
更に、工業社会時代が続きます。1800年から1950〜70年くらいまでのじだいをいいます。
そして、そこから現在に至る時代を、脱工業社会といいます。
医療の歴史の変化は、そのまま自然利用技術の変化であり、経済生活の変化です。

大雑把ではありますが、人間と自然との関わりは変化してきました。これからも変化するでしょう。その変化の中で、人間は不老不死の薬を手に入れたでしょうか?
不老長寿の薬とは一体何なのでしょう?


<植物の薬効の仕組み>
 ここで、私達にとっては馴染みがあり、宇久井半島に沢山生えている常緑広葉樹の葉っぱから、植物の薬効について考えて見ましょう。
 
 名前の通り、常緑広葉樹は、冬でも葉が枯れず、その表面はつやつや輝いています。どうして輝いているのでしょう。
 
 生物にとっては、日光と温度と水と酸素は生きていく上で大切な要素です。
熱帯地方は、光合成の為の日光は豊富にありますが、温度が高いです。一方、南極や北極が近い地方では、日光が少ないし、水が凍ります。それで、冬は落葉し、木も冬眠します。
 ところが、亜熱帯から温帯にかけての常緑広葉樹は、冬も葉をつけています。環境がいいのでしょうか。落葉樹は、あっさり冬は落葉してしまいますが、常緑広葉樹は、夏は熱さに耐えなくてはならないし、冬は寒さに耐えなくてはなりません。冬は寒いし、乾燥しがちです。その乾燥を避けるため、常緑広葉樹は、葉っぱの表面にクチクラ層といって、ワックスの層があります。肉厚ですが、実は光合成の効率があまり良くありません。それで、常緑広葉樹はあまり大きくなれないのです。
 
 常緑広葉樹にはワックス層があり、つやつやしている別の理由は、病原菌対策です。ワックスがあるということは、水を弾くということです。病原菌も生きていくには水分が必要で、湿ったじめじめしたところがたいていは好きです。その水分を弾いてしまえば、病原菌が繁殖しづらいということになります。
 
 植物達が生き抜いて、子孫を残していく為には、病原菌だけでなく、虫や動物からの被害対策が必要です。そこで考え出されたのが(人間のように考えたかどうかはわかりませんが)餌と毒です。
 動物や鳥に食べられて、種を運んでもらう為おいしい果実を用意しました。と同時に、虫や動物に食べられない為に毒も用意しました。毒とはトリカブトのような人間にとっても毒そのものであったり、アクとか苦味もそうです。
 ところが、虫や動物達は、植物達が身を守る為の毒を利用して、薬にします。
 ウマノスズクサという植物は、虫に食べられない為に、体内に毒をもっています。しかし、ジャコウアゲハの幼虫はこの草を好んで食べ、毒をからだに蓄積します。そうすることによって、鳥に食べられることを避けているのです。
 
 わさびやからしの辛味も、植物達の食べられない為の工夫です。その辛味を利用して、人間は殺菌剤に利用したり、香辛料に利用したりします。下剤とか虫下しとか、毒も適当な量を使えば、薬になるのです。
 
 しかし、それらの薬は対症療法の薬で、不老不死の薬とはいえません。
さて、何度も問いますが、不老不死の薬とは一体何なのでしょう。

<不老不死について>
 普通、現代人の多くは、不老不死は無いと思いますよね。一方、信仰のある人や神秘主義者なら、あの世を信じたり、輪廻転生を信じている人もいるでしょう。
 宗教やオカルト、信仰とは別に、科学的に不老不死を語ることが可能かもしれません。

 この写真を見てください。何をしている写真ですか?(藤川選手の写真を提示)
 野球ファンの人なら、藤川選手とわかりますね。
ボールを投げている。確かにそうです。何の為にボールを投げていますか?打者を打ち取るため。そうですね。何の為の打者を打ち取るのですか?チームが野球の試合に勝つ為。
何の為に勝つのですか? 勝つと有名になるし、年俸つまり収入がふえます。
 この年俸・収入は自分が生きていったり、結婚していれば家族を養う為に必要です。
 
最初何をしている写真ですか?と尋ねました。
答えとしては、「ボールを投げている」「打者を打ち取ろうとしている」「野球をしている」
「お金を稼いでいる」「家族を養っている」どれも正解です。
 どれも正解ですが、答えのレベルが違います。
 ものごとを観察し、それを捉え、考え、判断し、表現することに於いて、レベルということを考えなくてはなりません。これも科学哲学の話です。
 「ボールを打っている」と「ボールを投げている」は同じレベルの表現です。
 「野球をしている」と「水泳をしている」も同じレベルの表現です。
 「お金を稼いでいる」と「趣味で楽しんでいる」も同じレベルの表現です。

 同じように、不老不死はありますか?という質問に対して、あるとかないの判断の前に、「どのレベルのことについていっている不老不死か」を考えなくてはなりません。
 細胞が細胞を見るレベルではないですね。人間の胃の内壁の細胞は数日で入れ替わるといいます。しかし胃そのものは、そういった細胞が生死を繰り返す中で、数日でなくなったりしません。
 人間が人間を見るレベルでも不老不死はないですね。人間は数十年で寿命が尽きます。しかし人類社会が数十年でなくなったりしませんね。人類そのもの、地球そのもの、あるいは太陽だって、寿命があります。
 でもどうでしょう、宇宙そのものはなくなるのでしょうか?
 短い命が世代交代することを繰り返す中で、その上の命のレベルでは、命が続いていく、とは言えないでしょうか。医学は人間が人間を診るレベルです。公衆衛生学は、人間がその上のレベルを診るレベルです。

 細胞から細胞を見れば、細胞そのものははかない命ですが、胃は長い命です。人間から人間を見れば、人間そのものははかない命ですが、人類そのものは長い命です。同じように、地球レベル、太陽系レベル、銀河系レベルからいえば、それぞれはかない命ですが、その上のレベルは、長いレベルの命があります。
 今の例は、時間的なレベルを言いましたが、例えば、人間は動物です。動物はとどのつまり、植物が無いと生きていけません。植物は、バクテリアを含めて、大地が無いと生きていけません。大地つまり地球は、宇宙空間があって、存在できます。そういったレベル(エコロジー)の話もあります。

 私達人間は、数十年の命で、せいぜい宇宙レベルのことしかわかりません。ですので、それ以上のレベルで不老不死があるのか無いのか、断定することは出来ません。
 ただ、星空を仰いだり、森の中を歩けば、森林浴効果だけでなく、人間を取り囲むもっと上のレベルの存在を感じることができます。
 
 野球に例えますと、ボールを打って一生懸命走ったにもかかわらず、一塁でアウトになったとします。一塁でアウトになったからといって、その試合に負けたわけではありません。一塁アウトのレベルと、試合の勝ち負けのレベルは違います。又例え、一つの試合に負けたからといって、その年の優勝を逃したわけではありません。ひとつの試合の勝ち負けと優勝のレベルは違います。ある年の優勝を逃したからといって、その人の野球人生、そのチームの野球が終わるわけではありません。
 それでいて、日々基本練習をし、ボールを打って、一生懸命走ることが、野球をすること、生きることの原点です。

人間はやがて必ず死にます。
沢山のお金を持っていても、沢山の植物や虫の名前を知っていても、死にます。
しかし、植物や虫の名前を知らなくても、森に出かけ人間や人類がもっと大きなもっと広い命達とのつながりの中にいることを感じることができたら、安らぐことが出来ます。