「冷蔵庫は冷蔵庫ではない」という変な電気屋さん

k1s2013-03-07

雅夫君と好子さんは、郊外にある電気量販店に出かけ、冷蔵庫を買うことにしました。
街を出たところで、小さな新しい電気屋さんを見つけました。
「あれ、こんなところに電気屋さんあったっけ?」と雅夫。
「新しくできたのよ。時間があるから寄ってみようよ。この店と量販店の価格を比べて、安い方にしよう。」と好子さん。

二人は、車を止め、ドアを開けて入っていきました。
外から見ると、小さなかわいい電気屋さんなのに、一歩踏み入れると、青い光の中に、いっぱいの電気製品が並んでいて、天井も向こう側の壁も見えません。
二人が驚いていると、いつの間にかそばに男の人が立っています。

「照明の加減かしら、天井も壁も見えないんだけれど。」と二人は男の人に尋ねました。
「そうです。ここは不思議な電気屋さんです。この光は、有機交流電燈の光ですよ。
 冷蔵庫ですね。こちらへそどうぞ。」
「え、私達が冷蔵庫を買おうと思っているのが分かるの?」
「はい、もちろん」
「先程、ここは不思議な電気屋さんといったけど、並んでいるのはごく普通の冷蔵庫ね。」
「はい、でもこの冷蔵庫、新しいけれど冷蔵庫ではありません。」
雅夫君と好子さんはそう言われて、冷蔵庫の扉を開けてみましたが、別に変わった様子はありません。
「この冷蔵庫は、冷蔵庫ではないっていうけれど、別に変わったところないわ。」
「そうですよ、昨日工場から届きました。」
「何か、特別の機能がついているとか。」
「そういうことでもありません。」
「よく考えたら、<この冷蔵庫、冷蔵庫ではありません。>って言い方変ですね。
 冷蔵庫に見えているけれど、これは冷蔵庫ではありません、ならわかるけど。
簡単に言えば、<AはAにあらず>ってことでしょ。」
「中を見て頂いたように、冷やして食品を保存する電気製品で、昨日工場から届いたばかりです。
 お尋ねしますが、お二人が昨日食卓に飾った薔薇は、今日も同じ薔薇ですか?」
「今日の朝、起きたときも薔薇でしたよ。牡丹ではなかった。」

「あ、そうか、わかった。私買って来て活けたからわかる。同じ薔薇だけど、同じ薔薇じゃない。水を入れ替えるときそう思った。少し、色が違う。一週間もたてば、萎れてしまって、それをゴミと呼ぶかもしれない。でも、冷蔵庫は電気製品で、薔薇のような生ものではないし。」
「そうか、僕もわかった。薔薇にとっての光や水が、冷蔵庫にとっては、電気だよ。ほら昔、<冷蔵庫、電気がなければただの箱>って、お笑いタレントがテレビの中でいっていた。」
「そうですね、この見えている冷蔵庫の壁、扉、それとその内側だけが冷蔵庫なのではなく、電気がつながってこそ、冷蔵庫なのですよ。その電気も単にコンセントから流れてくるのではなく、発電所とつながっています。私達も、この皮膚の内側だけが、<私>なのではなく、先ず呼吸すること、そして空気、食べること出すこと、聞くこと話すこと、言葉、人とのふれあい、足が触れている大地、皮膚が感じている光などとの交流があって、<わたし>だと思います。」

「<わたくしという現象は、仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です> そうだよね。」