瞑想とは、神秘的な、非日常的な体験のことではなく
日常の作務、心の変化に気づいていること
自分の心の変化について観察し続けていると
他の人の変化にも敏感になる
話の内容に耳を傾けるだけでなく
その一つ上のレベル、話の構造や内容の種類にも気づく
仮に、仏教的に、貪、恚、痴に分けることが出来る
批判することが、習い性になっている人も居る
話をストップさせて、今の話の内容は、貪か、恚か、痴かと問うことも出来るし
話を聞きながら、相槌を打ち、質問しながら、
貪、恚、痴ではなく、智慧あるいは慈悲、愛にもっていくことも可能だろう
相手に気づかれることなく、智慧にもっていくのが、
心理療法家の手腕だろうが
修練が必要だ