瞑想小僧のお掃除日記

 台風一過の昨日は、道に落ちた大枝や小枝を取り除きました。落ち葉は、あまりに量が多いことと、地面が濡れているので掃けませんでした。

 今日の朝は、落ち葉を掃きました。落ち葉を掃き集めるには、竹箒が良いです。2週間前に買った竹箒は、穂先がだんだん短くなりました。(写真奥)でも、濡れて地面にへばりついた落ち葉を掃くにはこちらが良いです。

それでもなかなか取れない落ち葉もあります。完璧主義ではないので、そういうのは何度か掃いて諦めます。「一枚の落ち葉も残さないぞ!」と思ったりすると神経症になるのでしょうね。

そこで猿さん達のことを思いました。「毬栗の中の栗を一つ残さず食べよう、その方が<合理的>だ」と思うと猿の神経症になるのではなかろうかと。猿たちの中のそんな合理性を追求したのが、人間なのかなあ、とも思いました。

 集めた落ち葉を塵取りの中に入れるには、棕櫚の庭箒の方が適切です。その時思ったのは、分業そのものも悪いことではない、分業が進んでいくのは致し方ないことだろう。問題は連繋を失うことなんだろうなと。