生と死と 俳句にことよせて

学校の教科書に従えば、今から1300年以上前に、日本人は、和歌を歌っていたようです。
和歌のうち、31文字で歌うものが、短歌です。
      
この短歌・和歌から連歌が派生します。
連歌は、上の句17音からなる長句と、下の句14音からなる短句とを複数の人が順に作り、1つの詩になるように競い合って楽しむものです。
    
この連歌から更に、発句のみを独立させることで成立したのが俳句です。
    
例えば
奥の細道松尾芭蕉の句で有名な 「五月雨を集て早し最上川」は、
実際の連歌では、元禄二年仲夏末「五月雨を集て涼し最上川」と発句で歌われました。
       
さみ堂礼遠あつめてすゝしもかミ川  芭蕉
 岸にほたるを繋ぐ舟杭       一栄
 瓜ばたけいざよふ空に影待ちて   曽良
 里をむかひに桑のほそミち     川水
  
岸にほたるを繋ぐ舟杭 
 芭蕉が挨拶句・発句として、「涼し」と表現したことに対して、一栄・高野平右衛門は、迎えた主人として、芭蕉を「蛍」に例え、最上川岸の私の舟宿によくきて下さった、舟杭に芭焦を繋ぎとめておきたいという歓待をのベています。
  
瓜畑いさよふ空に影まちて 
 「いさよふ空」は十六夜の空で、「影」は月だから、曽良は三句目で、夏の月を詠んでいます。最上川の岸辺から、大石田の広い野に情景を移しています。
 
里を向いに桑の細道 
 瓜畑に続いて桑畑が広がり、その向うに村里があり、それへ「細道」が通じています。
 
と、様々な取り決め・式目に従って三十六首歌うのが、三十六歌仙になります。
 
さて、おおよそ、連歌の仕組みが分かったところで、
「古池や蛙飛び込む水の音」に下の句をつけるとしたら、どうなりましょうか?
   
次は、坂口安吾の「FARCEに就て」からの抜粋です。
   
<単なる描写は芸術とは成り難いものである。
   
言葉には言葉の、音には音の、色にはまた色の、もっと純粋な領域があるはずである。

 一般に、私達の日常においては、言葉は専ら「代用」の具に供されている。例えば、私達が風景について会話を交す、と、本来は話題の風景を事実に当って相手のお目に掛けるのが最も分りいいのだが、その便利が無いために、私達は言葉を藉りて説明する。この場合、言葉を代用して説明するよりは、一葉の写真を示すにしかず、写真に頼るよりは、目のあたり実景を示すに越したことはない。
    
 かように、代用の具としての言葉、すなわち、単なる写実、説明としての言葉は、文学とは称し難い。なぜなら、写実よりは実物の方が本物だからである。単なる写実は実物の前では意味を成さない。単なる写実、単なる説明を文学と呼ぶならば、文学はよろしく音を説明するためには言葉を省いて音譜を挿み、蓄音機を挿み、風景の説明にはまた言葉を省いて写真を挿み、そしてよろしく文学は、トーキーの出現と共に消えてなくなれ。単に、人生を描くためなら、地球に表紙をかぶせるのが一番正しい。
   
 言葉には言葉の、音には音の、そしてまた色には色の、おのおの代用とは別な、もっと純粋な、絶対的な領域が有るはずである。
 と言って、純粋な言葉とは言うものの、もちろん言葉そのものとしては同一で、言葉そのものに二種類あると言うものではなく、代用に供せられる言葉のほかに純粋な言葉が有るはずのものではない。畢竟するに、言葉の純粋さというものは、全く一に、言葉を駆使する精神の高低によるものであろう。高い精神から生み出され、選び出され、一つの角度を通して、代用としての言葉以上に高揚せられて表現された場合に、これを純粋な言葉と言うべきものであろう。
   
「古池や蛙飛び込む水の音」
 之ならば、誰が見ても純粋な言葉であらう。蛙飛び込む水音を作曲して、この句の意味を音楽化したと言ふ人もなからうし、古池に蛙飛び込む現実の風景が、この句から受けるやうな感銘を私達に与へやうとは考へられない。ここには一切の理窟を離れて、ただ一つの高揚が働いてゐる。

「古池や蛙飛び込む水の音、淋しくもあるか秋の夕暮れ」
 私は、右の和歌を、五十嵐力氏著、「国歌の胎生並びにその発達」といふ名著の中から抜き出して来たのであるが、五十嵐氏も述べてゐられる通り、ここには親切な下の句が加へられて、明らかに一つの感情と、一つの季節までが附け加へられ説明せられてゐるにも拘はらず、この親切な下の句は、結局芭蕉の名句を殺し、愚かな無意味なものとするほかには何の役にも立つてゐない。言葉の秘密、言葉の純粋さ、言葉の絶対性――と、如何にも虚仮威こけおどしに似た言ひ分ではあるが、この簡単な一行の句と和歌とで、その実際を汲んでいただきたい。言葉をいくら費して満遍なく説明しても、芸術とは成り難いものである。何よりも先づ、言葉を使駆するところの、高い芸術精神を必要とする。>
    
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