ちいさきままで 貧しきままで

 R 君 如何お過ごしですか?
今日、このように君に手紙を書くことができ、有り難く思っています。

というのは、こうして手紙を書くことで、今一度自分と向き合うことができ、世の中がどうあろうと、身の回りの人がどうあろうと、また自分自身が、小さな存在、弱い存在、貧しい存在のままで、恵まれている、恵みを与えられていることを改めて感じることができると思っているからです。
 
 貧しさのうち、経済的な貧しさから言えば、我が家の収入は、一番いい時と比べると、約三分の一になっています。必要経費のことを考えると、ぎりぎり、あるいは赤字の状態で、今までの蓄えで生活できています。といっても、もう子育てに費用がかからないので、収入が少なくても当座はやっていけます。
 
 長期的には、生活の在り方を変えることを考えています。そういうことも理由の一部にあって、通信制の大学に通うことにしたのです。今年は、4回生に成ります。
 
 経済的に貧しいからと言って、今、そして今後も、特別豊かになろうとは思っていません。日々暮らしていけたら十分と思っています。良寛さんが、「焚くほどは風が持て来る落葉かな」といっていますし、聖書にも「空の鳥を見てご覧。播かず、刈らず、倉にしまいこむこともしない」「野の花の育つのを、よく見てごらん。苦労をせず、紡ぐこともしない。」「明日のことを心配するな。明日は明日が自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。」と述べられています。
 
 これまでの人生を振り返ってみると、何か今以上の理想や目標を設定し、そこに向かうことが素晴らしいことだ、意義あることだと思い、生きてきました。
 小さい人間よりも大きな人間に成ろう。 弱い人間よりも、強い人間に成ろう。 貧しい人間よりも、豊かな人間に成ろうと。

 それは、悪いことだとは思いませんが、「ねばならない」「あるべきだ」と思って、理想や目標に向かうと、自分も周りの人も苦しめると今は思っています。
 
 また、小さいままで、弱いままで、貧しいままで、生きる喜びを味わうことができると思っています。
 
 我が家の経済だけでなく、日本の経済、世界の経済を考えた時、今以上に貧富の差が広がり、環境破壊は進むだろうと思っています。
 
 誰だって、痛いことは避けたいです。ひもじいことは避けたいです。死にたくないです。でも、誰もが、年老いて、やがてこの世を去らねばなりません。
 
 「いつかこの世を去らねばならない」ということと、じっくり向き合うことなく、ただ闇雲に、避けよう避けようとすると、それを忘れさせてくれるものに執着してしまいます。 その一つが、富であったり、地位やこの世の名誉であったり、刹那的な快楽であったりします。 
 
 今まで君に語ってきたように、私はこれまで2回死にかけたことがあります。一度目はタイで赤痢に成りました。この世の中にこれ以上の肉体的な苦しみはあるのか、と思うほどの頭痛と腹痛を味わいましたが、極限に達した時、かえって楽になりました。 二度目は、4年前の貧血です。 20数年のうちに、だんだんと痔が悪化して、手術の前の2カ月頃は、トイレに行くたびに出血していました。息むごとに、血が噴き出していました。 ついに、歩くことはできても、速足で歩けないほどに成りました。
自分では心臓に疾患があると思っていたのが、病院で、ヘモグロビンが正常の三分の一といわれ、検査と手術を決めた時、かえって自分の中に大きな生命力を感じ、それが外の大きな生命と繋がっている感じを持つことができました。
 
 今、接骨院の壁には、ゴーギャンの絵が掛けられています。この絵のテーマは「われわれはどこからきて、どこへいくのか」です。
 
 我々はどこから来て、どこへ行くのか、それはわかりません。
 
 ただ、どこから来て、どこから行くのかわかりませんが、今生きているここが、宇宙の果てだと思っています。それと同時に、いつでもここが、例え臨終の日であっても、始まりの場所だとも思っています。
 
 いつの時代も、矛盾はあるでしょう、貧富の差はあるでしょう。
 そんな中で、自分は今、安らぎもまた見出していますが、これは私の安らぎであって、君の安らぎにはならないとも思っています。これまでの、色々な失敗や彷徨があっての安らぎです。君は君の力、君の人生によって見出すことでしょう。
 
 具体的には、職がなく苦しいかもしれません。君がお母さんのおなかの中にいた頃、私もある事情で無職となり、毎朝、新聞の求人広告を読んでいた時期もありました。 面接しようとしたら、あやしげな会社だったリ、倒産しかけていた会社だったリ、働いてみると、次々同僚が辞めていく労働環境が厳しい会社で、新たに来た人が、労働初日から社長とけんかして帰ってしまうような会社もありました。
 色々ありましたが、最終的には、サラリーマンを7年続け、その間に資金をため、退職し、学校へ3年間通い、柔道整復師の資格を取りました。

 今から思うと、苦しい時には苦しいなりに、手を差し伸べてくれる人、苦しみを分かち合ってくれる人が必ずいました。
 
 小さい自分を、大きく見せようとする必要はないと今では思います。弱い自分を認めず、強がることもないと思います。 貧しさの自覚がないと、ともすれば高慢になります。
 
 自分の小ささ、弱さ、貧しさを認めた時、私の場合、安らぎを得ました。
 かえって、人に寄り添えるようになったと思います。
 
人生の波、世界変動の波は、必ずやってくるでしょう。
 
どのような状況に成ろうと、そこにはかならず「光」がある、
光が見えないとしたら、自分が目をつむっているだけ
目をつむっていても、それ以上の光がある
と素直に思っています。
 
君が君の人生の光を見出すことを祈っています。
 
2011年 3月 4日               圭一