熊野の寅さんファンによる合作脚本 後姿の寅次郎 熊野夢日記 ガバナー 清姫

シーン 自然食レストラン ガバナー 寅さん 清乃 先生 安朗 なち

事務員「清乃さん、ある?」
清乃 「おるよ、今帰ってきたところ」
事務員「さっきね、清乃さんに、ガバナーがついていない商品の注文を受けましたが、ガバナーなしでいいんですか、と問い合わせがあったよ。」
清乃 「いいんです。今回はガバナーがついていないのを選んで注文したの。私から電話しておくわ。」

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寅さん「なんか、聞きなれない難しいことばだね。ガバナーってなに?」
清乃 「私ね、オルゴールが好きなの。寅次郎さん、ほら見て、このオルゴール、ねじを回すと、羽根がぐるぐる回っているでしょ。この羽根のことを、エアガバナーっていうの。一定の速さで、曲が演奏されるようこの羽根が調整するの。」


先生 「ガバナーは、オルゴールだけでなく、時計とか、エンジンとかにあって、一定の速度を保つはたらきがあるんですよ。
 蒸気機関を発明したワットが、風車で使われていたものを実用化したんです。」
安朗 「辞典なんかには、調速機と出ていますね。」

 

寅さん「北海道は根室の新緑祭りで、オルゴールの売をしたことがあるんたが、 こんな小さな箱の、小さい部分に凄い工夫が詰まっていたんだね。」 

(第33作 霧にむせぶ寅次郎 昭和59年8月 マドンナ中原理恵

 

先生 「ところでね、安朗君。辞書で調べると、ガバナー=調速機と出てくる、それは間違いないのだけど、そうやって辞書を頼ってすることばの定義というのが厄介なんだね。ガバナーの仕組みがよくわからない人は、調速機ということばから、ガバナーが機械システムの回転数を調整しているように思ってしまう。確かに回転数を変換しているが、その変換は、システムからの情報に基づいている。ガバナー自身が、システムから影響を受けてその働きを決めている。その変換は、一部分が、他を制御しているという訳でもないんだ。一方向的な因果律でなく、因は果であり、果は因でもある。」

 

なち 「先生が解説し始めると、なんでも難しくなるのね。サイバネティクス、システム理論、世界仮説、文脈主義」

 

先生 「なちさん、ものごとはそう単純じゃない。ここは大事だよ。ずいぶん昔のテレビコマーシャルに、<冷蔵庫、電気なければただの箱>というのがあってね。電気屋さんの店頭に並んでいるときの冷蔵庫は、冷蔵庫でありながら、冷蔵庫でない。ただの箱。売れて、台所に設置され、コンセントにコードを差し込み、システムの一部になったとき、はじめて冷蔵庫になるんだ。自動車だってそうだ、運転手やガソリンスタンド、道路や信号機、交通ルールといったシステムの中に組み込まれて、そのとき自動車になるんだ。
 機械ですら、システムがあって、働きがある。 単純な因果律で動いているのでもない。ましてや、人間や生命は、この皮膚の内側だけで生きているのではない。脳や中枢神経が、からだ全体を動かしているわけでもない。 ガバナーがガバナーを作ったわけではない、脳が脳を作ったのでもない、私が私をつくったのでもない。
 なちさん、いつも言っているように恋愛しましょうね。」

 

なち 「それをいうなら、先生。私、お母さんが先生と再婚する前から、先生のお嫁さんになること決めていたのよ。
 先生だって、逢うたんびに、<大きくなったら、僕のお嫁さんになってね。>って言ってたじゃない。先生、忘れちゃったの? 私、清姫になっちゃうわよ。」